夏目漱石 虞美人草

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いよいよ、明治の文豪、千円札の夏目漱石の作品に突入です。
何を隠そう、わたし、夏目漱石の作品は初体験です。

高校時代の国語で、「こころ」お嬢さんとの葛藤の部分を夢の中で聞いていたくらいで、
かっつりと読破したことは、ございません。
ははは。

ということで・・・。

なぜか、漱石第一段に選ばれたのが、「虞美人草」。

謎の女、我の女。精神病のアニキに、脳天気ないとこ。おおぼけのオヤジ。などなど。
最終的には、我の女の死で幕を閉じます。

場面に、京都が出てきます。小旅行の行き先が京都。という設定。

ストーリー的には???と思っているんですが、この「京都」の描写は、さすがは我らが漱石さん。すばらしくステキです。

さらに、時代風刺が新鮮。はっきり言って、今から120年ほど前に描かれたものとは考えられません。
皆様、本日は、漱石を堪能して、「京都」と「人生」をかんがえましょ〜。

以下、ご一読ください。


夏目漱石 「虞美人草」より

---甲野さんと宗近が、京都に旅行をしているときの一文---

「古い京をいやが上に寂びよと降る糠雨が、赤い腹を空に見せて衝いと行く乙鳥の脊に応えるほど繁くなったとき、下京も上京もしめやかに濡れて、三十六峰の翠りの底に、音は友禅の紅を溶いて、菜の花に注ぐ流れのみである。・・・中略・・・「松虫」も「鈴虫」も幾代の春を苔蒸して、鶯の鳴くべき藪に、墓ばかり残っている。鬼の出る羅生門に、鬼が来ずなってから、門もいつの代にか取りこぼたれた。綱がもぎとった腕の行方は誰にも分からぬ。ただ、昔ながらの春雨が降る。寺町では寺に降り、三条では橋に降り、祇園では桜に降り、金閣寺では松に降る。宿の二階では甲野さんと宗近君に降っている。」

夏目漱石、朝日新聞入社につき、京都・大阪の下検分の経験から、この京都の記述をしているそうです。

「ただ、昔ながらの春雨が降る。寺町では寺に降り、三条では橋に降り、祇園では桜に降り、金閣寺では松に降る。宿の二階では甲野さんと宗近君に降っている。」

この一文、すごいです。。京都の春雨、しっとりとして、ぬめやかなイメージが、すごく凝縮して描かれている!

しかも、じめじめ、鬱屈した青春期後半を生きている「甲野さんと宗近君」にも降りしきっているあたりが、

う〜ん、ゼツミョー。

雨が降っている日本男児、二十七歳、二十八歳っすよ。どんだけ、絵画的、詩的情緒的なんでしょ。そんなにいないよ〜。雨をしょってる日本男児。


続きまして、少しまじめな内容で。後半部分。終わりの一節です。

---悲劇と喜劇について(明治時代の産業革新についてでしょうか?)---

「悲劇は喜劇より偉大である。・・・中略・・・道義の実践は他人に尤も便宜にして、自己に尤も不利益である。人々力をここに致すとき、一般の幸福を促して、社会を真正の文明に導くが故に、悲劇は偉大である。
問題は無数にある。粟か米か、これは喜劇である。工か商か、これも喜劇である。あの女かこの女か、これも喜劇である。綴織か、繻珍か、これも喜劇である。英語か独逸語か、これも喜劇である。凡てが喜劇である。最後に一つの問題が残る。−生か死か。これが悲劇である。」

「この生とあの生との取捨に忙がしきが故に生と死との最大問題を閑却する。」

「二ヶ月後甲野さんはこの一節を抄録してロンドンの宗近君に送った。宗近君の返事にはこうあった。−
『此所では喜劇ばかりが流行る』」

現代においては、喜劇の錯乱??

漱石の時代、日露戦争が終結し、帝国主義に国中が沸いていた時代でしょうか??
2009/12/08(Tue) 11:41:04 | 読書・本

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