三島由紀夫 豊饒の海〜春の雪、奔馬〜

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明治〜昭和の文豪 読破シリーズ 第○弾!!(何度目か忘れました)

男っまえのこの人。三島由紀夫。

かねてから、大好きな作家の一人です。

大学時代に、彼の「音楽」という作品を読み、奥の深さ、人間の奥深い欲求の露呈の美しさ、云々を感じました!

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今回は、遺作となる、「豊饒の海」全4巻に挑戦です。

目下、春の雪〜奔馬を読破、暁の寺を読書中です。

輪廻転生をキーワードにした、一人の美しい少年の精神が生まれ変わっていくさまを描いた大作です。

奔馬の時は、「えっ、本当に転生してんの?」と、驚愕を持って読み進めましたが、暁の寺では、明らかに過去の自分の記憶を持っている少女が登場し、これからどういう風にその過去と組み合っていくのか、楽しみです。

なんといっても、三島文学、内容の展開はもちろんのこと、文体が、なんともなまめかしい。
普通のとこでも、なんか、なまめかしい。

そこが楽しくて、大好き♪

ミシマが好きな方は、「うん、うん」と頷いてくださるかしら?

夏目漱石とは また違った形の、完成された文体の中で、とろけるような時間を過ごす・・・。
贅沢ですよね。

モモ〜じかんどろぼう

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いやはや、読書の方向が、ホント、てんでバラバラで、すみません・・・。

少し前に、文豪:夏目漱石にはまり、坊ちゃん〜我が輩は猫である〜行人〜明暗まで、読みふけりました。明治初期の日本人に会うのが楽しい日々が続きました♪

その後は、児童文学の書棚に戻りまして。

ミヒャエル・エンデの名作「モモ」を2度目の読破。(読破というほど、量的にはないんですが)

知っての通り、エンデは、児童文学の巨匠!!

「はてしない物語〜ネバーエンディングストーリー」で有名ですが、この「モモ」は、簡潔に美しい文体で、内容満載!!で綴られています。

児童文学!!本当に、「ストーリー勝負」です。
人物の細やかな内情や、とめどめのない日本語でごまかしたりしていません!!

ストーリーと展開。登場人物の個性。

本気でわくわくします!

ドキドキします。

さすがに、モモは、2度目といいながらも

楽しかった〜☆

●「モ モ」●
副題:「時間どろぼうと ぬすまれた時間を人間にとりかえしてくれた 女の子のふしぎなものがたり」
ミヒャエル・エンデ作・絵(なんと、素敵な挿絵もエンデなんです!) 
訳:大島かおり
岩波書店

●ストーリー●
モモという不思議な女の子が円形競技場のような跡地に一人で住むようになります。
くしゃくしゃな頭の小さな女の子。

その子が来てから、町のみんなは、なんだか楽しくなってきます。
モモがいなくては、生きていけないような気がしてきます。

モモのところへ行くと、大人も子供も素直な気持ちになって、楽しむことができる。
モモは、ず〜っと聞いてくれる。聞き上手なのですね。

突然、町に灰色の男達がやってきて、大人から契約だといって時間をとりあげていく。
誰もがせかせかしし、金もうけだけを考えるようになります。

モモは時間を司るマイスター・ホラーに会いに行き、ホラーの指図で人間に時間を取り戻すことに成功します。

時間を一刻一刻と数え、時間を無駄にするな、と言っているのはどこの誰なのか。
時間=コスト、時間をお金と結び付けて考える習慣を作ったのは、誰なのか。


優しい言葉で綴られた、モモのファンタジーアドベンチャー。
マイスターホラのくだりで、少し情景が想像しづらい時計の部屋や、カシオペアの甲羅に光る文字などは、エンデの素敵な挿絵で楽しめちゃいます♪

私的には、モモが住み着いてから、町の人々がモモを頼りにしてくところの文章が大好きです。

つらつら書きましたが、小学生時分に読んだことのある方も、ない方も、もう一度読んでみてください!!
物語のおもしろさと、「時間」について、「存在」について、もう一度考えることの出来る、すばらしい名作です!!

夏目漱石 虞美人草

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いよいよ、明治の文豪、千円札の夏目漱石の作品に突入です。
何を隠そう、わたし、夏目漱石の作品は初体験です。

高校時代の国語で、「こころ」お嬢さんとの葛藤の部分を夢の中で聞いていたくらいで、
かっつりと読破したことは、ございません。
ははは。

ということで・・・。

なぜか、漱石第一段に選ばれたのが、「虞美人草」。

謎の女、我の女。精神病のアニキに、脳天気ないとこ。おおぼけのオヤジ。などなど。
最終的には、我の女の死で幕を閉じます。

場面に、京都が出てきます。小旅行の行き先が京都。という設定。

ストーリー的には???と思っているんですが、この「京都」の描写は、さすがは我らが漱石さん。すばらしくステキです。

さらに、時代風刺が新鮮。はっきり言って、今から120年ほど前に描かれたものとは考えられません。
皆様、本日は、漱石を堪能して、「京都」と「人生」をかんがえましょ〜。

以下、ご一読ください。


夏目漱石 「虞美人草」より

---甲野さんと宗近が、京都に旅行をしているときの一文---

「古い京をいやが上に寂びよと降る糠雨が、赤い腹を空に見せて衝いと行く乙鳥の脊に応えるほど繁くなったとき、下京も上京もしめやかに濡れて、三十六峰の翠りの底に、音は友禅の紅を溶いて、菜の花に注ぐ流れのみである。・・・中略・・・「松虫」も「鈴虫」も幾代の春を苔蒸して、鶯の鳴くべき藪に、墓ばかり残っている。鬼の出る羅生門に、鬼が来ずなってから、門もいつの代にか取りこぼたれた。綱がもぎとった腕の行方は誰にも分からぬ。ただ、昔ながらの春雨が降る。寺町では寺に降り、三条では橋に降り、祇園では桜に降り、金閣寺では松に降る。宿の二階では甲野さんと宗近君に降っている。」

夏目漱石、朝日新聞入社につき、京都・大阪の下検分の経験から、この京都の記述をしているそうです。

「ただ、昔ながらの春雨が降る。寺町では寺に降り、三条では橋に降り、祇園では桜に降り、金閣寺では松に降る。宿の二階では甲野さんと宗近君に降っている。」

この一文、すごいです。。京都の春雨、しっとりとして、ぬめやかなイメージが、すごく凝縮して描かれている!

しかも、じめじめ、鬱屈した青春期後半を生きている「甲野さんと宗近君」にも降りしきっているあたりが、

う〜ん、ゼツミョー。

雨が降っている日本男児、二十七歳、二十八歳っすよ。どんだけ、絵画的、詩的情緒的なんでしょ。そんなにいないよ〜。雨をしょってる日本男児。


続きまして、少しまじめな内容で。後半部分。終わりの一節です。

---悲劇と喜劇について(明治時代の産業革新についてでしょうか?)---

「悲劇は喜劇より偉大である。・・・中略・・・道義の実践は他人に尤も便宜にして、自己に尤も不利益である。人々力をここに致すとき、一般の幸福を促して、社会を真正の文明に導くが故に、悲劇は偉大である。
問題は無数にある。粟か米か、これは喜劇である。工か商か、これも喜劇である。あの女かこの女か、これも喜劇である。綴織か、繻珍か、これも喜劇である。英語か独逸語か、これも喜劇である。凡てが喜劇である。最後に一つの問題が残る。−生か死か。これが悲劇である。」

「この生とあの生との取捨に忙がしきが故に生と死との最大問題を閑却する。」

「二ヶ月後甲野さんはこの一節を抄録してロンドンの宗近君に送った。宗近君の返事にはこうあった。−
『此所では喜劇ばかりが流行る』」

現代においては、喜劇の錯乱??

漱石の時代、日露戦争が終結し、帝国主義に国中が沸いていた時代でしょうか??

坂の上の雲

いやあ、人気ですね!坂の上の雲。

今週の日曜日にNHKでスペシャルドラマが放映されましたが(私もご多分にもれず、しっかり拝聴いたしました!)・・・。ウチのパソコンで録画出来るように、主人が奮闘してくれました!!

本の中のイメージが、視覚的になって再登場することの楽しみが、私は結構好きです。

個人的には、予備学校時代の真之やのぼさんのモックンや香川照之さん、年齢的に少し無理があるような気がしましたが・・・。イメージ的にはピッタリでした!!

伊東四郎は絶妙な配役でしたよね!!本の中のイメージでは、もう少し、「細い」雰囲気だったかと思います。。。

このドラマに向けて、二度目の読破を完了し、母君にも貸し出し中の文庫本ですが、

まあ、司馬さん、長い長い、くどいくどい。

司馬遼太郎ファンとしては、なんですが、説明が長い!!一人一人の人物紹介が長い!!事柄の説明が長い!露西亜の説明ももっともっと長い!!
(露西亜については、「菜の花の沖」と併せて読むと、ホント知識人になっちゃうくらい)

「明治草創期」の「空気」みたようなものの共感を呼びたい為とは、よくよくわかるんですが・・・。

そこが好きなところなんですが、ドラマでは、その「くどい」とこがなくって、本読み人としては、「司馬遼太郎のアク」的なとこが無くって、ちょっぴり寂しかったっす。

ノボさんの書斎や、新聞、秋山家との経済的格差、風呂屋に落書きした名文句などなど。
細かな挿話が無くなると、なんだかあっけない感じがします。


くどいくどい本が大好きな私。次は、夏目漱石に入ります。

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